出来損ないの減らず口

毎週金曜日にちょっとしたクレイジーをあなたに

キラキラOLと僕

去年の年末さ、大学時代の知り合いが企画するライブに行ってきたんよ。

 

その知り合いの企画者は、
九州でラジオの通販とかをやってる会社で働いてる女の人なんやけどさ
まぁすげぇ人なんよ。

 

ライブの企画って、スケジュール管理とか打ち合わせとかまぁ大変やのに、
それをほぼ一人で、しかも福岡から神戸のライブ会場っていう厳しい状況でこなしてるし、
200人くらいの規模で3年連続でライブ開いてはるし、
人間としても前向きで明るくてキレイで、
こんなキラキラした女宮崎美子以外見たことない、

ってくらいすげぇ人なんよね。

 

俺は会場で久々に女子大生を見て、
「今日はこの子に似た子をXVIDEOSで探して狂ったように抜いてやろう!」
と息巻いてたわけやねんけど、
やっぱすげぇ企画者はすげぇで。

 

こんな俺に話しかけてくれるんやで。


もうこの時点でずりネタは女子大生から美人OLに変更確定。

 

「今日は来てくれてありがとう!」
営業的ないやらしさとかも一切ない、
本心の『ありがとう』ってこんなにうれしいもんなんや、
とかって危うく鬱モードに落ちかけながら話をする。

 

「そういえば、なんでラジオ通販の会社入らはったんですか?」

「私中学のころラジオがすごい好きで、パーソナリティーに助けられて、
 私もこんな仕事がしたい!って思ったからこの仕事してるねん!」

 

君はとても輝いている。
でもその光は僕に対してはスモールライトだ。


もう彼女の輝きで完全に頭が御逝きになられてたけど、

俺も超ラジオっ子やから話はしたいから続けるよね。

 

「僕もめっちゃ聞いてました!何聞いてたんですか?」

ミューパラって知ってる?あれが大好きやってん!」

「もちろんですよ!めっちゃメール送ってましたし!」

 

もうそこからさっきまでの闇も忘れて、ラジオの思い出話に花咲かすわけさ。


あの時あんなグッズあったねとか、

こんなパーソナリティーいたねとか、
こんなコーナーあったねとかね。

 

ラジオって独特の空気があるから聞いてる人しか面白くないことも多いし、
人口も少ないから知ってる人がいるとそれが共有できてすごいうれしいんよね。

 

少なくとも俺は周りにラジオを聞いてる人なんておらんかったから、
こんな話を10年越しにできたことがまあうれしくて、
親戚んちのお泊りから帰ってきた子供が、おかんにお土産話をするかのように、
話をしてたんよね。

 

「あの時、『お蝶婦人』ってあったよね?知ってる?」

「ありましたありました!!僕も何個かもってま…」

 


ちょっとまて。

 

今完全に同じ土俵の同胞として彼女と話してるが、

よく考えてみろ。


彼女は、きれいで人望も厚く行動力があるキラキラした女性。

一方俺は、家で日記を書くことが趣味な根暗で卑屈な納税者。

 

 


どうして…こうなった…

 


だってさ、人生に分岐があるとすれば途中までは近いとこ歩いてたんやで?

 

あの多感でアクティブな中学時代にやで、
ストレスがたまったからって、
テレビを見て笑うでもなく、
カラオケで大声を出すわけでもなく、
連絡網を自分の所で止めてにやけるわけでもなく、
『ラジオを聴く』なんて んなもん、根暗の所業ですよ。


そんな稀有な同じ道を歩いてた二人が、
方やキラキラOL、

方やドロドロ土方、

ラジオって度を超えた下ネタは面白いって事を

教えてくれるところじゃなかったんか!

 


もう今日はAV辞めて、

森田童子』の『ぼくたちの失敗』を

エンドレスリピートしようと決めたそんな時、

ぽつっと彼女が言った。

 

 

「でも…思ってた夢と現実は全然違うもんやってん…」

 

おっとまさかの、

次元違いの感情シンクロ。

解決策がない悩み相談が嫌い。

ブランクを開けてしまうと書けへんもんで、
前更新してから3ヶ月も空いてしまったんやけど
皆さまいかがお過ごしでしょうか。


久々すぎて何から書き出したらええやろうと思って
ふと俺が中学からつけてる日記を読んでみたんやけどさ、
中学、高校の日記ってまぁ面白いんよね。

 

だってさ、
「俺は感情をなくし、悪魔と化してしまったのか」
とか平気で書いてやがるんやで?

 

恥ずかしさを通り越してもはや他人としか思えんよね。

 


そんな日記やけどさ、
やっぱり中学高校とかって性格を形成する時期なんやなぁ
と思うところが節々に合って、そういうのは面白いなぁと思うんよね。


例えばさ、
解決策が無い悩み相談すっげぇ嫌いなんやけど、
その理由もたぶんここやろなぁってのが文章でわかるんよね。


別にこれ自体特別な事でもないから、
自然に生まれた感情って思てたけど、
どうやらそうやなかったみたいなんよね。


中学の時やから些細な話なんよ。

俺は吹奏楽部でさ、

女の世界のドロドロさがしんどかったんよ。

 

女子特有なんかはわからんけど、
奴らはイジメのターゲットを目まぐるしく変えるんよ。

 

昨日親友やって言うてた女の子が、
今日になったら親の仇のように悪口言うてたりするしな。

 

もし80歳ならアルツハイマーを疑われる位の
変わり身の早さで、悪口と親友を使い分けてるんよ。

 


その中やから、俺ももちろんターゲットになって
いじめの中心に立たされるわけ。

 


そのとき感じたんよ。

「このいじめっていう状況は絶望しかない」

って。

 

あることないことを拡散されて、何を言っても信じてもらえない環境やから

俺にできる行動なんてないし、
「時間が解決してくれる」となんとなくは思ってるけど、
「でもこれがずっと続くかも・・・」って不安が消えることはない。


不安で不安で仕方がないのに、できる行為は我慢だけ。

その絶望的な感覚が嫌すぎて、
俺は解決策のない話は嫌なんやなぁと思ったんよね。

 


んで、その一週間後、
日記を見ると俺のターンは終わって次の子に変わったみたいやった。

 

 

次はお前のターンやぞ!

アメ車で引きずりまわそうぜ!

とか思いながら読み進めてると、

その時の俺は、
状況を打開してあげることができないことにすごい悩んでたんよ。


ターゲットの子のしんどさはすごいわかるし、
もしかするとその子は時間が解決してくれるなんて

せめてもの救いすら持ってないかもしれない。


じゃあ俺ができることはなんやろう。

 

この子の話を聞いてあげること。
それが助けになることは俺が一番わかる。

そう書いてたんよね。

 

ごめんな。

十年後のお前は、
何の罪もない部活の女の子に
「貧乳クソゴリラ」
って叫ぶ最低な人間だよ。

 

 

昔の自分のはずやのに、親心に似た胸の痛みを覚えていると、
この日記の最後はこう締めくくられてた。

 


「日々変化し、成長していく心を綴る…
 
  そう、この日記は変化する俺の心そのものなのだ」

 


やっぱコイツ超きめぇ死ね。

俺が好きな物を彼女も好き、だとちょっと引く。

前の土曜日の夜さ、酒飲みながら映画を見てたんよ。

 

次の日の日曜日も特に予定もなかったし、

先月fuluに登録もしたし、せっかくの休みやねんからと思って、

見たいと思った映画を漁ってたわけ。

 

 

その中で見ましたのが、

あの「ミスターGO!」

 

 

2年前くらいに公開されて、

俺の記憶が正しければ、

今の「君の名は」レベルで社会現象になった映画ですね。

 

 

映画のあらすじとしては、

中国の小さなサーカスに、親と生き別れた女の子がいてたんよ。

 

その女の子は小さなころからサーカスのゴリラと遊んでて、

ゴリラに言葉を教えたり、人間のように接してたわけ。

 

 

すると驚いたことに、ゴリラは人間の言葉を100パーセント理解し、

しかも野球までできるようになったんよ。

 

 

「ゴリラが野球をする」ってのでサーカスが軌道に乗ってきた中で、

中国で大規模な地震が起こり、団長であったおじいさんが亡くなってしまう。

 

団長として借金を肩代わりすることになったのは、ゴリラと話せるその女の子。

 

女の子はゴリラをプロ野球チームに入れ借金返済を行うことを決意し

そこから、プロ野球選手としてゴリラがめっちゃホームラン打つ、

みたいな話なんやけどね。

 

 

 

もうここまでで最高なんよ。

 

だって、映画内で

この内容の濃いエピソードが

10分以内で終わるんやで?

 

 

感情移入もへったくれもない。

 

 

んでそっからプロ野球チームに入って、どうなるか。

そりゃ暴れるしかないでしょ。

 

 

 

そりゃそうでしょ、

ゴリラと人間界は男と女と同じ。

 

深い。

 

 

 

ただここは日中韓合作の莫大な製作費をかけた映画。

そんな単純な構成にするわけもないか…

そう思って映画にかじりつくわけ。

 

 

韓国の球団に入っての初めての打席。

ゴリラは緊張して、女の子から離れようとしない。

 

嘲笑する観客と、頭を抱える女の子。

 

しぶしぶバッターボックスに入るゴリラ。

 

 

観客の笑いが収まらない中、

ゴリラは第一球を

電光掲示板をぶち壊すホームランで飾るわけですよ。

 

 

 

 

マジかこいつ、

挫折しねぇんだ!

 

 

もう俺のテンションは最高潮ですよ!

 

 

浮き沈みもなく、ストレートに成功しちゃう感じ!

どんな起伏を付けようともきっと微妙に終わってく奴だ!

 

 

そこからホームラン打ち続けるし、

なんかスカウトのおじさんとゴリラが部屋で一緒に酒飲んでるし、

サーカス員役の子役たちは片足立ちの決めポーズできずに「おっとっと…」みたいになってるし、

もうこれは、「人畜無害の最高傑作だ!」って家で一人でスタンディングオベーションですよね。

 

 

 

 

もちろん、見終わったころには飲んでた白ワインのボトルは空いていたよ。

俗に言う、泥酔状態だね。

 

 

どうも畑中です。

 

 

実はね、ミスターGOを見る前もう一つ映画を見てたんよ。

 

冷たい熱帯魚

って映画。

 

 

ヒミズとかでチョイ話題の園子温が監督してる映画で、

なんか名前は聞いた事あるなぁくらいの気持ちで見てたんやけどさ。

 

 

話的には、

熱帯魚屋さんの気弱な男が、

村田という男に弱みを握られ、

悪逆非道な「ビジネス」に加担させられる。

そんな話なんよね。

 

 

 

この映画を見て初めて、

「俳優ってすげぇんや」

って思ったんよね。

 

 

 

今までさ、

ストーリーとして面白いとか、

そういう上っ面なあらすじ的な面白さとかで、

映画ってええなぁと思ってたんやと思うんよ。

 

 

シックスセンスとかショーシャンクとかスゲー好きやし。

もちろんそういう映画だって、

俳優の素晴らしさとか技法的なところもあったんやと思うよ。

 

でもそのほかの上っ面の部分で目を引くところがすごすぎて、

そこまで見切れてなかったんや思うんよね。

 

 

 

そんなところにこの映画。

村田役の「でんでん」が超怖ぇんよ。

感動するくらい怖ぇ。

 

 

 

あのさ、

サイコパス」って頭が良くて、

人を操ることに長けてるみたいなことよく聞くやん。

完全にそれそのものなんよ。

弱みを握られ、罵倒され暴力を受け、最後にひとかけのやさしさをくれる。

そこに服従せざるを得ない主人公と、自分が重なってしまって、

引き返せない苦しみに引きずりこまれてしまう。

 

 

 

「怖い」っていうと言葉が薄くなるし、

いくら口で説明してもこの怖さなんて見ないとわからんと思うよ。

 

 

わかったかな?

この映画が怖くて重すぎたから、

ミスターゴーでハイテンションだったんだよ。

 

天狗と俺

この前、親父の実家で電気工事を手伝ってくれって言われたから、

田舎で農家をしてる親戚の家に行ってきたんよ。

 

 

 

今って秋の稲刈りシーズンでさ、

それに合わせて村の祭りがちょうど開かれてたんよね。

 

 

完全に祭りの存在すら忘れてたわけやねんけどさ、

子供の時結構楽しんでた祭りやったから、

久しぶりに祭りを見て懐かしいなぁ思てたわけなんよね。

 

 

豊作を祝うのか、願うのか、感謝すんのか知らんが、

そんな系の祭りなんやろうと思うんやけどさ、

祭りって花火大会みたいなんしか周りにない今から考えると、

土着的なちょっと変わってるなぁと思うところもあるよね。

 

 

その祭りはさ、

村中を走り回る天狗に子供たちが後を付いて、

「お菓子ください!!!」

って叫ぶんよ。

すると天狗がお菓子を撒いてくれて、

子供たちが喜々として撒かれたお菓子を取り合う。

 

平たく言えばそんな祭りなんよね。

 

 

 

俺も小さい時その天狗について回って、

「お菓子ください!!!」

って叫びながら、

他の子供たちと混ざって地面に投げ捨てられたお菓子を拾って

一喜一憂してたんを覚えてる。

 

 

 

天狗がまた怖くてさ。

ボロボロの布みたいな服着て、手には木の棒持ってるんよ。

んで顔は真っ赤で鼻の長いあの天狗でしょ?

走るときも地面にその棒叩きつけて威嚇したりさ、

ヤンキー風の兄ちゃんに柿ぶつけて動けなくしてボコボコにしてたりさ、

まぁ怖い。

 

 

 

そんな怖くて強い天狗の後について、

お菓子をもらうのがスゲー楽しくてさ。

知らん周りの子供たちと一緒になっておっきい声出してお菓子貰ったりして、

印象的で素晴らしい子供時代の思い出やった

 

 

 

 

 

と、この前まで思ってたんよ。

 

 

 

 

そんな素晴らしいもんやったはずやのに、

完全に忘れていた•••

 

俺が忘れてたことに理由があったんよね。

 

 

 

 

この祭りさ、

豊作をええ感じにする祭りっぽいから、

天狗は村を回るときに農家の家を中継地点みたいにしてるんよね。

 

 

 

たいていの家はちょっと入ってお菓子だけもらってすぐに出てくるんやけど、

うちの親戚の家は違ったんよ。

 

 

うちの親戚は地元でも有数の地主で、

金も持ってるしそれなりに権力もあったんよね。

 

 

だからおのずと祭りでもすごい力があって、

天狗も親戚の家を休憩場所として使わせてるような、

そんな感じやったんよ。

 

 

小学校低学年の俺はそれが誇りやったんよ。

他の子供たちは天狗を追いかけてくるけど、

家の中まではこれへん。

 

俺は家の中に入って天狗のお兄ちゃんたちと話したりできるって。

外にいる奴らと違うんやって。

 

 

 

でも高学年になるかならんかのころ、

毎年のように祭りに行って、

天狗のお兄ちゃんと家の中で話をしてた時。

 

 

 

 

「お菓子ちょうだい!!」

俺が天狗のお兄ちゃんに言う。

 

「こんなんでいいですかね~」

親戚の顔色をうかがいながら、

さっきまで天狗だったお兄ちゃんが

作り笑顔で俺にお菓子を手渡ししてくれる。

 

 

さっきまで俺もほかの子供と同じく、

天狗に扮した絶対君主からお菓子を分け与えられ喜んでいたのに、

今はこんなに低姿勢のお兄さんが、笑顔でお菓子を渡してくれる。

 

 

俺は何も偉くないし、何もできない。

 

しかも俺は分家の子。

 

血のつながりも薄く、この時くらいしか村の人と会うことなんてない。

 

 

 

そして。

 

そんな対応をされている俺を見て、

親戚がとても嬉しそうにふんぞり返って座っていたのだ。

 

 

 

今までそれが当たり前のように行われていて、

俺はそれを楽しみにしていた。

それですごく楽しんでいた。

 

 

 

あの時、はっきり理解できていたのかと言われればわからない部分も多い。

ただ、はっきりと覚えている。

 

今まで感じた事のない嫌悪感。

 

 

 

 

そのあと俺が天狗を追いかけたのか、

次の年からどんな風に過ごしていたのかは一切覚えていないが、

ここら辺を境に、俺の天狗の思い出は無いんよね。

 

 

 

 

電気工事をしていると、

鈴の音をさせながら天狗が軒先に入ってきた。

 

門の前にはたくさんの子供たち。

 

 

天狗は親戚のおじさんに

子供たちにはわからない程度の軽い礼をして中に入ろうとしていた。

 

 

 

その行く先に俺がいた。

 

 

天狗は、

「業者の奴、邪魔なんじゃ」

といわんばかりに、

ぶつかりそうな勢いで俺をすり抜け家の中に入っていった。

 

 

 

 

「悲しいな」

 

そう思った自分が悲しかった。

 

大盛無料はこの際「悪」ということで。

この前さ、昼飯食おう思てパッと目に入ったラーメン屋に入ったんよ。

平日の昼間のラーメン屋やから当たり前のように定食があってさ、

もちろん俺もそこからメニューを選ぶわけよね。

 

 

あの平日昼間のセットでさ、

「ギョーザセット」を作る奴ってどうかしてるよな。

 

 

 

唐揚げセット、チャーハンセット、素晴らしい組み合わせやで、

でもラーメンと何を食うと言われて、一番ベストな相方なんてギョーザに決まっとるやん。

 

ラーメンに対するギョーザって、

カレーに対するライスくらいのうまさを誇ってやがるやん。

 

そんな誰が見ても食いたくなる完璧な組み合わせを、

平日昼間に安価で提供するなんて、時が戦国なら打ち首は免れんよ。

 

俺は営業やからなおさらやけど、

昼からも仕事の人ならだれもが臭いを気にして食いづらいはずやん。

にもかかわらず、セットにしてしかも格安で提供なんて、どうかしてる。

 

 

 

あと、「大盛無料」ね。

 

あいつも罪深い。

 

あんなもん、大盛りにしちゃうにきまってるやん。

 

 

 

わかってんねんで、

俺には「並盛」が適量ってことくらいさ。

義務教育6年受けてるし。

 

 

 

 

でも「無料」って言われたら頼んじゃうよね。

 

しかもさ、こっちが頑張ってそれを見ないようにしながら、

「量は普通で」

つってんのに、

「お昼大盛無料ですけどどうします?」

とか聞いてくる奴居るやん。

 

 

 

 

ハイ、昼からの業務、終わりましたね♪

 

もうそんな誘惑にノーといえる強さなんて持ち合わせてないからさ、

「お得!!お得!!!!」つって、若干小躍りして大盛にオーダー変更ですよ。

 

5分後には、

「てめぇ!ホンマに量ふやさんでええんじゃ!」

ってキレることになるんやけどね。

 

 

 

 

 どうも畑中です。

 

 

 

あとさ飯で言うと、「カフェの飯」って空気的に文句言いたなる一番のもんやんね。

 

 

あのアレね、昼飯のことを「ランチ」っていう奴らが行くようなカフェの飯な。

 

あの飯さ、味としてはうまいところも多いやん、

唐揚げのライスプレートとかさ、パスタとバケットセットとか、

結構がっつりで量もあるとこも多いし、飯としては全然ええねん。

 

ただな、

「おしゃれ」つって女共が飯を食う前にパシャパシャ写真撮っとるやん。

 

 

 

 

 

「おいお前」と。

それの、何がオシャレなんや。

 

 

 

よく考えろ、

てめぇが食ってるものを文章で表現すると、

木のボールに米と鶏肉の揚げてあんのを、

ぐっちゃぐちゃにしてソースかけたもんや。

 

 

今一度聞く。

 

 

それの、何がおしゃれなんや。

 

 

 

キャラクターの形をしてますとかさ、

皿にソースで絵書いとりますみたいなんとかはわかるよ。

 

 

いやいや、今回はそうはいかんでしょ!

やってることびっくりドンキーとおんなじやで!

 

 

 

 

 

 

――ええやん、それで楽しんでて、誰にも迷惑かけてないんやから。

――お前だって文句言われてもタバコ吸うやん。

――そっちのがよっぽど迷惑。

 

 

 

 

 

そうですね…

 

いらだちと芸術

世界三大巨匠にも数えられたグレゴリー・ペイジが晩年、

こんな言葉を残してるんよ。

 

 

「そうか、人生は食べかけのコーンスープだったんだ。

 もう1年早ければ…」

 

 

彼はその後1週間もたたないうちに、

家で暴漢に襲われ殺されてしまうんやけどね。

 

 

彼の残した言葉の意味について、

色んな人がいろんな憶測を語っているんやけどさ、

このふわっとした感じ、

これこそが芸術の至極なんだろうって最近思うんよね。

 

 

落語家の桂福々も「落語的人生論」って本の中で言ってるんやけど、

落語にしたって絵画にしたって文学にしたって、

「すべてを語らない」事に良さがあるんよね。

 

 

 

もう好きな人からしたら当たり前のことなんやおもうんよ。

 

でもさ、映像媒体が発達した今こういうものの良さって、

一部の人の楽しみに近くなってきてる気がするんよね。

 

 

本を読む、落語を聞く、絵画を見る、

芸術に分類されるものってなんでもそんな側面があると思うんやけど、

その感じがね、なんか寂しいというか違うのに…と思ってしまうところなんよね。

 

 

多くを語らない、考える余裕を持たせた楽しさってすごいんやで。

ホンマにそう思うんよ。

 

 

 

例えばさ、

童謡の「ぞうさん」ってあるやんか。

 

「ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね。

そうよ。母さんも長いのよ。」

の奴。

 

 

これだって想像してみたら不思議な感じがするやん。

 

 

 

 

 

 

 

だってさ、誰と誰がしゃべってるかさっぱりわからんくね?

 

 

子象と親象やとすると、

此奴、親に向かって「ぞうさんぞうさん」って言うてることになるしさ、

人間の親子やとすると、

「かあさんもながい」なんて言い方しないでしょ?

 

 

となるとですよ、

人の子供が小象に向かって

「ぞうさんぞうさん!!」

っていうてて、それに対して小象が、

「せや!わてのかあさんもながいんやでぇい!」

って言うてるのかな?とか想像が膨らむやん。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、たとえが悪い。

 

 

 

 

どうも畑中です。

 

 

相も変わらずしょうもないことばっかり考えている今日この頃ですけど、

皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 

 

社会人も2年目に差し掛かり、

なんとなく会社って仕事ってどんなものかが理解できて来たくらいの自分ですけども、

最近思うのが、「いらいらする事が増えたなぁ」ってことなんですよね。

 

 

大学生の時とかよく、

「なんでこのおっさんはこんな些細なことにいちゃもん付けてんねやろう」

とか良く思ったもんやけど、自分がそこに片足を突っ込みかけてるなぁっていうのを身をもって感じるわけよね。

 

別に何があったってわけでもないんやけどね、

やっぱりどこかで仕事をするってストレスが溜まってるんでしょうね、

日常でいらっとする事が明らかに増えてるんよ。

 

 

この前もそう。

テレビで潔癖症の男の人が、汚い部屋を掃除するみたいな番組やってたんよ。

 

 

最近自分が一人暮らし初めて、掃除とか家事に結構凝ってるから、

料理とか掃除とか、家事を応援する番組が最近好きで、

その番組も楽しく見てたんよね。

 

 

部屋に入るなり部屋の汚さに卒倒しそうになってる潔癖症の人が、

色んな技で汚い部屋をきれいにしていくんよ。

 

油汚れの酷い換気扇は、湿らせた重曹を張り付けて掃除するとか、

髪の毛がたまってヘドロみたいになってる風呂の排水溝に有効な洗剤とか、

潔癖症ならではの掃除術!ってうたい文句で、あっという間に部屋はピカピカになるんやけどさ。

 

 

 

 

 

 

でもその技を使うたびに俺のいらいらゲージはたまっていくわけですよ。

 

だってそうでしょ!

 

お前潔癖症なんやったら、

汚れる前に掃除しちゃうはずやから

頑固汚れをなくす技を知ってる時点でキャラやんけ!!!

 

 

 

もう排水溝の洗剤を紹介し出した時には震えたね!

スポンサーまでついちゃってますやん!

何が潔癖症や、恥を知れ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

位までいらいらした後、

ふと我に返り、ただただ、

 

 

 

 

 

 

絶望

クレーム(後半)

着いて翌日。

車で1時間ほど走った先が現場。

 

 

現場にはすでにサービスの20代後半くらいの小太りのお兄さんも入っていて、

軽く挨拶をして、二人で中へ入った。

 

 

 

 

「わずわずかんさいからぐくるぅさめやね」

事務所でタバコを吸っていたおじさんが俺を見て笑顔でそういった。

 

 

 

 

あんまり何言ってるかわからんけど、

「どちらかといえば靴箱に似ていますね。」

と、話を合わせる。

 

 

 

挨拶もそこそこに、

現場のおじさんはすぐに真剣な顔になって、

ファイルから数枚の図面を開いて指さしながら話し始める。

 

「すっそくだぐど、くぬくかいのづぅんぐへいすんぐぅ…」

 

 

 

 

 

これは…まずい…

 

 

専門用語になるとまったくなにを言っているかわからん…

 

 

このままやと、客に説明できねぇし、指示もできねぇ…

 

 

困った顔でサービスマンを見ると、

それを察したのかその場でサービスマンは通訳をしてくれる。

 

「くぬひとわぁ、きかいのでんきはいすんのことを言うてるんですよ~」

 

 

 

悪夢が再来した。

 

 

 

 

 

だが不思議なもので、ずっと聞いてるとだんだん何の話をしてるかわかってくるもので、

なんとなくの概要をつかんで、とりあえず現場調査に向かうことにした。

 

 

 

「はたぬかすんはかんさいからきたんづすよね?」

 

移動中サービスマンがきいてくる。

 

「そうですよ。向こうは空気も汚いし蒸し暑いし最悪ですよ~」

 

「こっつはなにもないからねぇ~

人も少ないから今回みたいにご迷惑かけちゃうことが申し訳ぬいです…」

 

 

話を聞くと、この付近のサービス所は東北の広い範囲を任されていて、

ほかの拠点メンバーは別の県を毎日転々としているのだという。

 

 

来てくれた小太りも、

実は今日ほかの作業を夜に変更してわざわざ来てくれたらしく、

夕方頃には帰らないといけないのだという。

 

 

「いえいえ、こちらこそすいません…

 お忙しい時に時間作ってくださってありがとうございます」

 

 

「すんなすんな~

 僕の穴埋めに関西からきてくだすったから、おたぐいさまです~」

 

 

そんなやり取りを交わしながら、

機械の整備作業に入った。

 

 

 

 

午前中のうちに部品交換を終え、

午後いっぱいで経過観察を行う。

 

 

営業として俺は作業こそできないが、

サービスマンが帰った後も、

頑張ってくれた小太りの少しでも助けになれるよう、

データの記録や状態確認を永遠と行った。

 

 

 

とりあえずその日の作業は終わりホテルに帰れば夜の19時。

 

疲れてホテルに入ろうとした俺の体に、

ふいに和太鼓の地鳴りに近い響きが流れ込んできていた。

 

 

ちょうどその日は、

東北三大祭りの一つ「秋田竿灯祭り」の開催時期で、

ホテルの近くで祭りが行われていた。

 

 

その時俺は、

「東北三大祭りか~

疲れてはいるがせっかく秋田に来たんだし~

楽しんで帰らな損やな!」

 

 

 

 

なんてことは微塵も思わないんだよ!

 

 

「関西へ帰りたい。」

望みはたった一つだったよ!

 

 

 

 

とはいえ、晩飯も食わなあかんし、することもないしということで、

とりあえず祭りの方へ出て行った。

 

 

 

 

秋田の竿灯祭りとは、

10mほどの竹竿に横竹を結び、その横竹に提灯を40個ほど吊るした「竿灯」

と呼ばれるものを、

小学校の掃除の時に流行る「ほうき立て」のように手やあごや腰に乗せてバランスを取りながら立てて、

その姿を稲穂に見立て豊作を祈願する祭り。

 

 

 

そんな祭りとしての意味合いはともかくとして、

祭りなんてものは「陽キャ」の遊びやん。

 

 

イケてる奴らが祭りの思いとか、趣旨なんて考えずに、

女の子を捕まえてその夜激しく求めあう為の演出でしょ?

 

 

 

陰キャの俺からすれば、「女の子をナンパしてセックス」って

AVですることやからさ、できねぇししたくねぇしうらやましいし。

 

せやからそこまで気のりはしなかったんよね。

 

 

 

 

「話のネタに…」

と祭会場に入った瞬間、思わず息をのんだ。

 

 

祭りは、「竿灯通り」って呼ばれる、

片側3車線くらいある馬鹿みてぇに広い道路を占領して、

1キロとか2キロとかすっげぇ規模でやっているのだが、

通りに入ると、視界一面が真っ赤な提灯で埋め尽くされるではないか。

 

 

 

まさしくそれは、稲穂のようであった。

 

 

 

 

その時俺は。

 

 

 

 

柄にもなく、感動してしまった。

 

 

 

「すごい」

そうとしか言い表せないのが苦しいと感じるほど、

竿灯で埋め尽くされた秋田の夜に圧倒されてしまったのだ。

 

 

一つ一つの竿灯が熟練された技を持った男たちによって挙げられており、

その場所場所で自分たちの技を見せつけている。

その姿は素直にかっこよかった。

 

 

 

竿灯を上げる男ばかりがカッコいいわけではない。

その周りで笛や太鼓で盛り上げる人、

掛け声をかけながら竿灯を見守りサポートをする人、

そういった一人一人の動きがこんな汚い人間にすら「かっこいい」と思わせる素晴らしい祭りだった。

 

 

永遠とも思える竿灯の列をゆっくりゆっくりすすんでいく。

言ってしまえば同じような服を着たおじさんが同じような提灯を上げてるだけなのに、

何故だか全く飽きることもなく、

俺はずっとずっと時間も忘れて歩き続けた。

 

 

 

 

そんな中、

ふと一つの竿灯が目に留まり俺は足を止めた。

 

 

他より高いわけでもなければ、

特筆した技を繰り出しているわけでもない。

 

ただ、俺はその竿灯から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

それはそのはず。

 

その竿灯を持って行ったのが、

さっきのサービスマンだったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てめぇ祭り出席のために今日早く帰ったよね!!!

 

そして明日は「祭り後、飲み会行くから」つって

半休とってるパターンだよね!!

 

 

 

 

もうこっちだって飲むしかないでしょ!!!

すぐさま祭りを後にして

近くの大阪王将入って馬鹿みたいに飲んじゃったもんね!!!

 

 

 

 

 

 

まだまだいっぱい愚痴はありますよ!

だけどまぁまぁこの辺で。